大島遊園地

 能登半島、志賀町にある大島海水浴場と大島キャンプ場は戦前は大島(おしま)遊園地と呼ばれていた。地元有志らの出資によって能登鉄道株式会社(現在の のと鉄道 とは異なる)が設立され、1925年(大正14年)3月には羽咋から能登高浜までが開通、1927年(昭和2年)6月には能登高浜から三明までが開通した。鉄道開業後は沿線の高松や柴垣など各地に海水浴場が開設された。大島海岸にも自然を活かした遊園施設を地元、中甘田村(当時)と協力して設立することとなり、昭和6年6月14日に海水浴場が開設され、その後、キャンプ場や沖合いにある島々を巡れるように整備されていった。

 大島遊園地の特徴としては海は遠浅で、浜辺近くに「所願堂(別名・松厳島)」と呼ばれる小島があり、切り立った岩山の上に意冨志麻(おおみしま)神社が樹齢千年にも及ぶ古木に囲まれて立っている。ここは昼間でも薄暗く、この場所から眺めると、柴垣の長手島や安部屋の三味線岩と向かい合いながら、弓なりに続く能登外浦の海岸線一帯の美しい景色を一望することができる。周辺の海には奇妙な形の岩や礁(いそ)が多く、男島・女島・橋の礁・赤島・烏帽子礁・舟礁など、さまざまな名前を持つ岩礁が点在している。というものである。

 戦後、モータリゼーションや過疎化の影響により、能登鉄道は1972年(昭和47年)6月25日に廃線となったが、大島遊園と呼ばれていた海水浴場とキャンプ場は現在でも志賀町に引き継がれ、賑わっている。