戸川 乱子

 戸川乱子が東京のムーラン・ルージュ新宿座の舞台に立っていたのは1932年(昭和7年)3月〜5月まで、1933年(昭和8年)8月〜1936年(昭和11年)には粟崎遊園のプログラムに名前が載っている。

 ムーラン・ルージュでは戸川乱子は踊り子、役者としてプログラムに名前が載っている。ムーラン・ルージュでは慢性的な人員不足から踊り子が役者として舞台に立つことも多かっため、戸川乱子も始めは踊り子として入り、直ぐに役者として舞台に立ったのではないかと想像する。

 粟崎遊園では1933年(昭和8年)8月の「グランドレヴュウ 夏の踊り」や1935年(昭和10年)6月の公演「ライトコンサート」などで出演とともに振付も行っている