1928年(昭和3年)7月6日に福井駅前に 県内初の百貨店 として創業した「だるま屋百貨店」は教育者・坪川信一らが設立した。経営陣は教育者が中心であり、福井市の人口も当時は10万人に満たず、経営が危ぶまれていたが、数々のアイデアも駆使し、経営を軌道に乗せた。経営理念は「教育の商業化・教育の生活化」で、単に小売だけでなく、文化・教育的なサービス を重視し、1931年(昭和6年)に宝塚少女歌劇団をモデルにした地方独自の少女歌劇を創設。福井県出身の少女たちを採用・養成し、1931年11月〜1936年7月まで毎月演目を変えながら公演を行い、レビューや音楽劇、童話劇など幅広い演目を上演した。「だるま屋百貨店」 は福井初の百貨店として地域文化の発信、子ども向けサービスを積極的に展開した。百貨店内に設けられた遊具施設「コドモの国」 は子どもたちの遊び場として親しまれた。
1936年に「百貨店が興行場を設置することを禁止する」という内務省の通達を受け、だるま屋少女歌劇は5年間の活動を終えた。戦後、だるま屋百貨店は経営難から西武百貨店と資本提携、合併へと至り、現在は西武福井となっている。
だるま屋をモデルにした文学作品としては谷崎由依「遠の眠りの」、未完であるが宮本百合子「だるまや百貨店」があり、演劇作品としては清水邦夫「雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた」がある。
だるま屋の当時のパンフレットや資料は福井県文書館にまとまって所蔵されている。
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