
1916年(大正5年)12月21日生まれ。*³¹ 宝生雅子は宝塚歌劇団18期生。宝塚では1929年(昭和4年)の「春の踊り」で初舞台を踏み、1934年(昭和9年)には宝塚を退団している。粟崎遊園の年月日がはっきりわかるプログラムでは1936年(昭和11年)から名前が載っている。淡路幾代は宝生雅子の実の姉。
宝生雅子は粟崎遊園への出演の合間に、築地小劇場とも繋がりがある金沢の新劇集団、北陸新劇協会(北陸新協)に参加している。1937年(昭和12年)2月21日に尾山倶楽部での北陸新劇協会第5回公演 三好十郎作「彦六大いに笑ふ」、同年5月18日尾山倶楽部での第6回公演 ゴーゴリ作「検察官」に出演、藤井とほるの「シスターショー」にも参加。1936年(昭和11年)宝生雅子と結婚している。
